2012-09-01

道傳愛子 ASIAN VOICES「NPT(核拡散防止条約)2」 2012-08-31

※この内容は、副音声をそのまま文章化したものです。

ASIAN VOICE司会の道傳愛子です。番組では二週にわたり核をテーマに討論していますが、今週はNPT核拡散防止条約の支柱でもある、原子力の平和利用を見ていきます。

平和利用をめぐっては、イランが国際社会の懸念にもかかわらずNPTで認められた権利だと主張し、兵器への転用が可能なウラン濃縮活動を続けるなど、核の平和利用が新たな核の脅威を生み出すのではないかという懸念が高まっています。今日は、今すでに広がっている核をどう管理するのか議論していきます。

スリランカのコロンボからは、国際的な軍縮組織パグウオッシュ会議の会長であるジャヤンタ・ダナパラさんにご参加いただきます。軍縮担当の国連事務次長を務められ、1995年のNPT再検討延長会議では議長を務められました。

ここ東京のスタジオには、一橋大学教授の秋山信将先生にお越しいただいています。軍縮・核不拡散問題の専門家の一人で、昨年3月の福島の原発事故を検証する民間事故調査委員会の委員として中心的な役割を担いました。

ダナパラ大使、秋山先生、本日はありがとうございます。

まずダナパラ大使に伺います。NPTのもと原子力の平和利用は、奪い得ない権利として認められています。しかしイランの例に見るように、国際社会は、平和利用という権利が核開発の隠れみのになっているのではないかと懸念しています。軍事転用に繋がらないような核の平和利用は本当に可能なのでしょうか。

はい。NPTの規定のもとで可能です。NPTすなわち核拡散防止条約は、1968年に署名され1970年に発行した世界で最も幅広く加盟されている軍縮条約です。その第4条には、原子力エネルギーの平和利用が定められていますが、これは第3条の管理のもとにあります。

つまり、IAEA国際原子力機関が各国と保障措置協定を結び、IAEAが平和利用の原子力エネルギー施設の全てに立入調査出来るようになっています。そして、平和利用の原子力エネルギーの目的外への転用がないように、管理と抑制・均衡を保つための検証が行われています。

そうですね。ですが、それをどのようにして確実なものにするかということが問題だと思います。秋山先生、福島の事故後に世界は核の脅威を思い知ったにも関わらず、いわゆる原子力ルネッサンスの名のもとに原発の導入を目指す国は増えています。これによって、核の技術が軍事転用に繋がるリスクが高まる可能性はあると思われますか?

理論上はあると思います。拡散のリスクには二種類あります。1つは、国家による拡散。国が平和目的の核エネルギーを軍事転用する可能性です。ですが同時に、テロリストのような非国家的勢力が拡散に携わる可能性がありますし、そうした勢力自身が核兵器の入手を試みる可能性もあります。

ダナパラさんが指摘されたように、それを防ぐ幾つかの手段はあります。IAEAの保障措置、それに原子力供給国グループが設定した輸出管理ガイドラインがあります。さらに国連の決議1540では、国が非国家的勢力の拡散行為を禁じ、またそのための法律を制定すべきと定めています。ですが、これらの措置も十分ではないかも知れず、抜け穴がある可能性もあります。ですから幾らかのリスクはあるのです。

ダナパラさん頷いていらっしゃいましたね。秋山さんはこうおっしゃっていますが、どう思われますか?

2つ指摘したいと思います。1つはNPTの第3条のもとで描かれた保障措置協定は、最近IAEAの追加議定書によって強化されたということです。それにより、IAEAの権限が以前より拡大されています。2つ目は、核の垂直拡散と水平拡散とを区別しなければならないということです。

核兵器を保有する国が増える可能性とは別に、既存の核保有国が核の保有を増やし設備を近代化する可能性もあります。これも我々が最も懸念している拡散の一種です。とくにNPTの第6条のもとでは、核軍縮が規定されているのですから。

わかりました。秋山さん最近発表された著書の中で、既存の国際制度は核兵器の拡散を阻止することが出来ていないと嘆いていらっしゃいます。NPTやIAEAの保障制度には核不拡散体制として限界がありますが、核の技術の軍事転用を防ぐ方法はあるのでしょうか。

最善の方法は、ダナパラさんが言及されたようにIAEAの追加議定書、保障措置の合意をユニバーサル化することだと思います。ですが、追加議定書への署名は加盟国が任意で決断することですから簡単ではありません。

そこで代替案としてあげられるのが、先ほど申し上げた輸出管理を始めとする供給国側への措置や、拡散が懸念される兵器開発への転用が可能な物質の不正取引を防ぐ、国際的なイニシアチブである核拡散防止構想の強化の検討です。こうした供給国側への措置で、既存のIAEAの保障合意の弱い部分を補完することが出来るかも知れません。

ダナパラさん如何ですか?NPT制度に補完的な内容を加えた場合、制度は強化されるでしょうか?それとも、骨抜きになるでしょうか?

NPTそしてIAEAの保障措置の実施には多くの偽善があります。例えば、原子力の供給国グループは最近NPTに加盟していないインドに対して便宜を認めることを決めました。そして、NPTの優等生である日本やオーストラリアでさえ、NPTの規定の枠外でインドとの貿易を検討しているようです。

そうやって、米印原子力協力協定のようにNPTに違反すれば、他国に対してNPTの重要性を問いて聞かせることは出来ません。NPTの完全遵守を求めるならば、まず自分の問くことを実行しなければなりません。この番組の初めに、イランについて既に不正を行なっているかのような指摘がありましたが、IAEAの保障措置に違反したかはまだ証明されていません。それについての結論はまだ出ていないのです。その他の疑わしいとされる国についても同様です。

一方で、NPTに加盟していない国と実際に核物質の貿易をしている国々があるのは事実です。これはNPTに書かれていることに反しています。ですから内側からNPTを骨抜きにすれば、NPTは相当弱体化することになります。

もう一つ指摘したいのですが、日本で原子力エネルギーに関する基本法に修正が加えられました。そして国会で、国家の安全保障を支えるとする規制が採択されました。日本が経済の安全保障を支えるための原子力エネルギーを求めるのなら理解できますが、国家の安全保障といった言葉が用いられると韓国や国際社会に懸念と恐れを生じさせます。ですから原子力エネルギーの平和利用と、そうでないものを明確に区別することが大変重要です。

秋山さん、偽善や内側からの骨抜きといった厳しい言葉が出てきましたが、どう思われますか?

既存のNPTの制度には二重基準があるという点では私もダナパラさんと同じ意見です。ですが、現時点ではNPTに代わる手段がないのも事実です。ですから私達がしなければならないのは、さらなる拡散のリスクを阻止するために、いかにしてNPTと既存の規則を活かすかを考えることです。そしてここで問題なのは、NPTの違反行為が判明したときにはもう遅すぎるということです。

違反行為が明らかになる前に私たちは行動を起こさなければなりません。イランの場合、厳密に言えば違反行為があったと明言するのはとても難しく、イランは依然グレーゾーンにいると思います。ですが、イランが核兵器を保有してから行動を起こしても、もう遅いのです。そこが既存の制度の難しい所です。

また日本は原子力関連法で、原子力の開発方針に国の安全保障という表現を加えましたが、核の平和利用に関する規制を定めた法律にこうした表現を盛り込んだのは配慮にかけていると私は思います。

配慮にかけるとはどのような意味ですか?

ダナパラさんが指摘されたように日本の近隣諸国はこれを受けて、日本が今後、核武装をするつもりではないか、少なくとも将来の核武装に可能性を残そうとしているのではないかという懸念を強めました。

ですが、政府が説明したように、政府はそうした意図があってこのような表現を加えたのではないと思います。ですから政府がすべきことは、核の拡散防止に向けた取り組みを強化し、近隣諸国の懸念を払拭することなのです。

国際社会に向けても日本国内に向けても、もっと説明が必要なのかも知れませんね。
そうです。そしてただ説明するだけではなくて、透明性を高め、国内に備蓄しているプルトニウムをどうするのかを明らかにするなど、行動を起こすことも重要です。

行動で示すわけですね。わかりました。ダナパラさん如何ですか?

67年前のことですが、日本は原爆による攻撃を受けた唯一の国です。アメリカ政府によって1945年8月6日に広島に、そして9日に長崎に原爆が投下されました。20万人以上が亡くなり、被爆者は今も、人類の歴史におけるおぞましい出来事の後遺症に苦しんでいます。それが繰り返されてはなりません。

現在9カ国がおよそ1万7000発の核弾頭を保有しています。そのうち4000発が数分で発射可能な態勢になっています。ですから、この未だに非合法化されていない唯一の大量破壊兵器を廃絶するための核兵器条約が必要なのです。生物兵器・化学兵器は非合法化されていますが、残念なことに核兵器は依然存在しています。

それは主に大国が未だに保有を続けているからです。そして一部は、世界の国々との安全保障体制の中に組み込まれています。NATO北大西洋条約機構や日本などがそうです。ですからこの兵器を無くす必要があります。そうなれば核拡散の問題との戦いもずっと容易なものになります。兵器が一切なければ拡散することもないのですから。

そして先程おっしゃっていましたが、核の軍縮は国の安全保障にとっても重要ですが、人間の安全保障にとっても重要ということですよね?

おっしゃる通りです。国の安全保障と人間の安全保障が同じような位置づけとなることが重要です。人間の安全保障とは個人の安全保障ということですが、個人の安全保障は世界中の誰にとっても同じです。

国の安全保障では時にそれは、国家の主権や政府の主権によるものでしか無く、今の世界はますます人が中心で相互依存とグローバル化が進み、人類はひとつだということが忘れられています。ですから冷戦時代とは異なる視点で考えなければならないのです。それを人間の安全保障に目を向けることから始めるのです。人間の安全保障については、国際的に、とくに国連のもとで大きな取り組みが進められてきました。

秋山さん、ダナパラさんが指摘されたように、現在のNPTは確かに冷戦時代の世界の状況を反映したものですよね?

はい。確かにNPTは冷戦の副産物だと私も思います。ですが、新たな動きが出てきていることにも注目するべきだと思います。2010年のNPT再検討会議では初めて、核兵器の使用に関連した国際人道法に言及がなされました。これはダナパラさんが言及されたことにも沿った動きだと思います。

わかりました。ダナパラさん、それでは次に軍縮の問題に移りたいと思います。NPTは非核保有国に平和利用目的での核エネルギーの開発を認める代わりに、核兵器保有国に核の軍縮を勧めることを求めています。ですが、これはなかなか進展の見られない難しい問題です。1995年のNPT再検討延長会議でもこの問題に直面されたことと思います。今でもその頃と同じ問題があると思われますか?

勿論です。それも、秋山さんがご指摘になった通り、今や核兵器の廃絶と国際人道法の遵守が繋がっているとされたにも関わらずです。この繋がりは国際司法裁判所の1996年の勧告的意見で確立されていて、核兵器による威嚇やその使用、これはアメリカの核体制の見直しやNATOの戦略概念にも書かれているのですが、それが国際人道法の基本原則に反するとしたのです。

私はNPTの無期限延長の合意を各国に受け入れるよう説得するのに大変苦労しました。核保有国に、核兵器の保有を続けるすべての権利を与えるべきではないという見解を、あらゆる国が強く持っていたからです。核保有国がNPT第6条に違反して、その他の国よりも遥かに優位な立場に立つことになります。

そこで我々は条約の無期限延長と共に、一連の基準や見直しプロセスの強化を盛り込んだパッケージをまとめました。そして、中東に関する特別決議も作りました。これは15年間放置されていますが、今年の12月に中東を非核兵器地帯・非大量破壊兵器地帯へと変えるための第一回会議が開かれることを期待しています。実際、非核兵器地帯の設定は、新たな核兵器保有国がある世界の特定の地域で核兵器の排除に役立っています。しかし、世界全体で核兵器を廃絶する、さらなる努力が必要です。

秋山さん、先程ダナパラさんがおっしゃったように日本は唯一の被爆国であり、昨年は福島での原発事故もありました。日本は核の技術に伴うリスクを十分に認識している国のはずです。そして今年の広島の平和記念式典には、福島県浪江町の町長も出席し、追悼と団結の意思を示しました。

秋山さんも最近発表された著書の中で、私達が直面している難題や限界について率直に指摘されています。核の軍縮に向けた打開策を模索する中で、日本はどんな貢献ができるでしょうか。

私達には主に2つの役割があると思います。まず日本には、広島・長崎と福島の経験を共有し、核の大惨事がいかにして多くの人々に悲劇をもたらしたかを共有する道徳的な責任があります。私達はこの経験を共有しなければなりませんし、日本の人々は鮮明なリアリティを持って自分たちの経験を話すことが出来ます。これは重要なことです。

次に日本は福島の原発事故を経験していますから、今後原子力発電を導入しようとしている国々に対して、同じような惨事を回避することが出来るように教訓を与えることが出来ると思います。

ですが、原発の導入を目指す国は増えているのでジレンマがありますよね。

はい。それに私たちはそうした国々の核開発計画を管理する能力、安全保障措置を強化する能力についてもっと気にかけるべきですし、その為にはもっと人的資源と技術が必要です。ですから日本は、それらの国々の能力を強化するために何かをするべきです。

あまり皮肉な言い方はしたくないのですが、こうした中、日本がアメリカの核の傘に守られていることは、どのような意味を持つでしょうか。

確かに核の軍縮を提唱する上で、日本は、道徳的には比較的弱い立場にあります。ですが、日本にも出来ることはあります。それは地域の安全保障に関する対話を始める上で指導力を発揮することです。

特に私たちは中国やアメリカなどの国々と、いかにして地域を安定させる上での核兵器の役割を縮小し、そして最終的には核兵器を完全に排除し、そして願わくは東アジアに非核兵器地帯を実現することが出来るかを議論しなければなりません。

ダナパラさん頷いていらっしゃいましたが、秋山さんの発言を受けて如何ですか?
はい。いわゆる原子力ルネッサンス・・・第2の原子力時代は、実際には原子力産業からの非常に積極的な売り込みによって煽られています。この原子力産業は西側の先進国に拠点を置いていますが、今や韓国も中東諸国に原子炉を非常に魅力的な条件で売り込み始めています。

これはスリーマイル島やチェルノブイリ、福島の原発事故から分かったこと、学んだことに反しています。このいわゆる原子力ルネッサンスを止めるのに、我々は次の惨事が起こるのをただ待つのでしょうか。

私は納得していませんが、もし原子力エネルギーが無くてはならないものと言うならば、あらゆる拡散を防ぐような優れた原子炉を開発していかなければなりません。原子炉のコストは膨大です。始めてから、およそ10年掛かります。そして今、ベトナムなど幾つかの国が計画に乗り出しています。事故の危険は非常に大きいものです。原子力エネルギーの利用への社会の反応もとても大きなものです。そしてまた、核廃棄物に関しては未だに解決策は無いのです。こうした問題が残ったままの現状では、進むべき方向は、明らかに再生可能エネルギーだと思います。太陽光、風力などの形態のエネルギーのほうが環境にやさしいという意味でずっと懸命です。それがエネルギーを得るために二酸化炭素を排出する燃料を使い続けることに対する答えとなるのです。

ここで少し簡単に他の2つの点について述べさせて下さい。日本に何が出来るかというお話についてですが、北東アジア非核兵器地帯の提案がなされています。私はこれは検討する価値があると思います。かつてこれを求めていた国会議員もいました。韓国も関心を持っていました。これが保有量が非常に少ないとはいえ、北朝鮮から核兵器放棄の合意を取り付ける方法の一つだと思います。また最終的には、中国も北東アジア非核兵器地帯に含めることも出来ます。長期的な見通しですが、望ましい目標の多くは小さな一歩から始まります。そして過去には・・・

すみません、よろしいですか?

核の軍縮を進めるにあたって、非核保有国はどのような役割を果たせると思われますか?

1つは、非核兵器地帯を作ることです。ラテンアメリカやカリブ海を始め、多くの地域で実施されています。1968年のトラテロルコ条約はNPTに先んじていました。非核兵器保有国が核兵器の廃絶をNPTよりずっと望んでいたことの現れです。そして現在、アフリカや東南アジア・中央アジアなどでも非核兵器地帯に多くの国が加わっています。それが、出来ることの1つです。

もう1つは、核物質の貿易が行われないようにすることです。設備や若しくは、ウランやプルトニウムのような物質であってもです。オーストラリアや日本もそうすべきです。

申し訳ありませんが、時間が迫っているので次を最後の質問にさせて下さい。

パグウォッシュ会議の目標は、核兵器の廃絶です。これは達成可能な目標だと思いますか?これまで、核技術の平和利用と軍縮の問題について議論してきましたが、核の廃絶は可能だと思われますか?

大いに可能だと思います。核保有国の政治的意志と国際世論の圧力が必要です。過去には、核軍縮で大きく前進し、核実験が廃止されました。今もう一歩進まなければなりません。生物・化学兵器の廃絶は達成されました。大量破壊兵器の中で、最後に残っているのが核兵器です。国連の事務総長も、2008年10月の5つの項目からなる計画の中でそれを求めています。ですから大いに実現可能だと思います。

ありがとうございます。秋山さん如何ですか?

当分の間は、核エネルギーの平和利用が世界から無くなることはないと思います。ですから私たちは、核兵器の廃絶という理想に向けて現実的な方法を考える必要があります。1つの問題は、新たな現実をいかにして取り入れていくかです。経済的な相互依存により、おそらく多くの国が核兵器を使用出来なくなっています。相手の国を破壊することは、自国の経済の破壊をも意味するからです。

もう1つの問題は核兵器の問題に対処する上で、人道面も考慮すべきということです。この67年間、世界では核兵器が使われていません。それが現実です。これを安全保障の問題にどう組み込んでいくかが、これから私たちが直面していく問題になるでしょう。

わかりました。残念ながら時間となりました。ダナパラさん、秋山さん本日はご参加頂きましてありがとうございました。

福島の事故が示したように、平和利用とされた原子力も核兵器も、その扱いは人類に突き付けられた課題であることには変わりがありません。世界的に、原子力の平和利用への関心が高まる中、核との向き合い方が今以上に問われている時期はないと感じました。それでは今週はこのへんで。また次回お目にかかりましょう。